夏休みの宿題を9月1日の朝までかかって仕上げた長女と私

あれは長女が小学2年生のときだったと思う。

次女に比べ、長女はしっかり者で学校の用意などはいつも自分できちんと出来ていたし

忘れ物をすることもほとんどなかった。

だから母親の私も、安心しきっていたのだと思う。

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夏休みの最終日、8月31日、私は何気なく

本当に何気なく長女に「宿題は全部できてるの?」と聞いた。

それはもちろん「ちゃんと出来ているはず。ただ確認しておきたいだけ」という気持ちからだった。

「うん、全部できてるよ」

そんな答えが長女からは返ってくると思っていた。

ところが、だ

泣きそうな顔で「国語の・・・熟語の…宿題ができてない・・・」と

言うではないか

それを聞いたときもまだ私は

「ひとつかふたつ、熟語ができてないんだろう」と軽く考えた。

それなら今、一緒に考えてやればいい。

が、よく聞いてみると

その宿題そのものの存在を忘れていた、ということだった。

「なんですって!!」

もう夜の8時である。

そろそろ寝なければならない時間だ。

今考えると、もう忘れたままで学校へ行けばよかったと思うのだが

そのときは、私にも長女にも余裕というものがなかったのか

「優等生」として無意識に生きようとしていたのか

「夏休みの宿題を、忘れるなんて!!そんなことありえない」と

ごくごく、狭い価値観で生きていたようだ。

さあ、それからノートを出し「やりなさい!お母さんも手伝うから!」

私は鬼のような形相だったのだろう

長女も泣きそうな顔で机にむかう。

熟語くらいすぐに考えられる、と思った私が甘かった。

大人の考えつく熟語なら、いくつも思いつくのだが

小学2年生レベルの熟語となると、意外と難しいのだ

長女も普段なら落ち着いてできるのだろうが

「宿題を忘れていた」という焦りと

私が怒鳴り散らしているというパニックとで

できるものも泣いてばかりで全くできない。

朝までかかり、なんとか仕上げた記憶はあるのだが

それがどんな評価を得たのかは、忘れてしまった。

それから長女は、国語が苦手になったのか

それとももっと勉強するようになったのか、よくはわからないが

現在は大学で英語を勉強している。